島原遊郭

2013年05月09日 06:37


さてそろそろ着くかと思ったのだけど、やっぱり行けない。

今日はおかしいくらいの方向音痴。



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市場からすぐなのに、なぜか行けない。




もう日も暮れてきてしまい、

これってもう今日は行くなってことー?と思い、

もう歩き疲れたしもう諦めた方がいいのかなと思ったら



ほいきた!


入口ではなかったものの、区画に入れた。



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あたしは、ここはかつての色町ときいてたからきたかった。




でもいまはさ、

新撰組などの幕末好きな人が見に来るほうが

主流ぽい。




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この後大門を見つけ、看板を読んでいたりしたら



後ろにいた男2人に、

「歴女ですか?」と声をかけられたほど。





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あたしは、まったくそっちじゃないのにな。赤線、遊郭がすきなのだよ



なんて言ってもわかんないだろし、

「たまたま通ったので読んでただけです〜」と

返した。




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普通に、民家の間に、大門あるんだから

まー、気づかないわけだよ。





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こんな感じで、住宅街に挟まれて大門があったわけ!!


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これ裏




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これ正面



普通に車も出入りしていた。

門があるものの、普通の道となんら変わりがないのね。




というか昼間歩いていたの一本隣の道だった!ニアミス。




島原遊郭はどんなとこか


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一応、色町として元禄期に最も栄えた華場所らしいのだけど

立地条件が悪かったり、格式の高さが原因で

祇園や二条などの遊里に人が流れて行ってしまい

次第に、衰えていったらしい。


新撰組のメンバーも通っていたとか?(バンドみたいに書いちまったけどさ)



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だんだん衰えていったものの、京都の中では最大な遊郭だったんだろな

と思うし、吉野太夫などの名妓がいたことでも有名。




お茶屋組合が解散するまでは、

残存していた建物も多かったと思うのだけど


解散後は、住宅地化してしまい、

いまは輪違屋と角屋と大門だけが残っているのみ。貴重



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お茶屋として営業を続けているのは輪違屋のみなのだけど、


基本的には入れないのか、


「見物お断り」てき紙が入口に貼られていた。




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くたびれた足に、ああ銭湯〜!入ってみたかったのだけど よしたよ。

そういや近くに、日帰り入浴なんてのもあったな。





あやこさW7





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